「外伝、閣下で三国統一を目指してみる 5.1話」第一伝


「閣下で三国統一のSS読みたい!読みたいよう!」
と私がのたまっていたところ、とてもナイスなSSをトゥーシャイシャイボーイさん(おいどんが勝手に命名)から頂けまして、
「これはいいものだ!サイトを作られて、自信を持って世に出すべき!出すべき!」
と交渉させてもらっていたのですが、やはりそこはトゥーシャイシャイボーイ、ご自分でサイトをもたれるのは難しいとのことでした。
が、公開に関しては、なんとおいどんの判断に任せて頂けることになりましたで候。
ということで、ここにババーンと公開させてもらう事にしましたです。
おう!他人様のふんどしで相撲とる気まんまんだぜ!のこったのこった!
えー、以下SSサイトさまによくある注意書きみたいな例のアレでーす。


これは、呂凱P作「★閣下で三国統一を目指してみるシリーズ」を元に描かれた創作三次小説です。
例のSSサイトさんによくある創作元様に対する配慮的ななんだかんだ。面白いから読め。以上。

なんかはしょりすぎた感はありますが、正直真面目に書いてて頭が痛くなってしまいました。
ここらへん、トゥーシャイシャイボーイさんが、
「設定とか勝手に作っちゃっていいのかなあ‥‥。呂凱Pや閣下で三国統一ファンの方が読んだら気を悪くされないかなあ‥‥」
と、すっごく気にしてらしたので、もう一回頑張って書きます。


興味がある方は読もう!ない方はスルー!でも読め!面白いから!

という感じでいいと思うのおいどん。だってすごい愛なんだもん!
大丈夫!
少なくともここに来るような人は、毎週ひどいフェチ満載の、ひどい閣下で三国統一の感想読まされてるんだからオールオッケーだって!
ではでは、「続きを読む」からどーぞー!
「続きを読む」が無い場合は、気にせずそのままどーぞー!




1.


汗が、滑るように頬を伝った。
深く、息を吐く。一閃。渾身の力で横凪に振るった槍が、呻りをあげた。
「……ふう」
残心を示し、真は一息ついて槍を下げた。
少し汗を流すだけのつもりだったが、つい稽古に熱が入ってしまった。
自身の乱れた呼吸音が、人気のない調練場の中で溶け消えてゆく。
普段は兵士たちの荒々しい喧騒で賑わう調練場も、今は物静かだった。
孟獲軍との戦から、早一ヶ月あまりの時が過ぎた。今日は、兵たちに与えられた久々の休息日だった。
真は、周囲に人目がないことを確認し、胸元の匂いを嗅いでみた。
ちょっと、汗臭いかもしれない。先に湯浴みをしたほうがよさそうだ。なにせ、これから人と会うのだ。
「どうしようかなあ」
昼間にしては薄暗い雲南の空を仰ぎ、誰に言うともなしに呟いた。



「外伝、閣下で三国統一を目指してみる 5.1話」
第一伝



南蛮に来て初めて迎えた冬は、驚くほど暖かだった。
常春と呼ばれる地域だけあって、すこし体を動かせば、うっすらと肌に汗が浮かぶほどである。
手早く湯浴みを済ませた真は、雲南の街をぶらりと歩いていた。
目的はある。春香から命じられた、祝融の登用だ。
しかし、気は進まなかった。登用してこいと命じられ、つい二つ返事をしてしまったが、そもそも登用とは何をすればいいのだろうか。
祝融は、天海軍へ加わることを一度断っている。だというのに、もう一度加われと頼みに行くのか。それで成功するのか。
こういう仕事は、自分より呂凱や雪歩の方が向いている気がした。
しかし、雪歩も呂凱も、新しく統治下となった雲南の政策を整えるために、大量の竹簡に埋もれながら寝る間も削って働いている。登用の仕事をちょっと手伝ってくれないかなど、口が裂けても言えるはずがない。
「はぁ〜、どうしてボクなんかに任せたんだろう……」
独り言が、つい口からこぼれ出る。春香は、女だからどうとか言っていたが、意味はまったくわからなかった。
大体、自分は頭を使う仕事がとことん向いていないのだ。それは、子供の頃からだった。
十四の歳で、涼州の故郷を出た。父と喧嘩をしたからだ。
真の家は、涼州の田舎で牧場を営んでいた。牧場といっても小さなもので、飼っている馬は二十頭に満たなかった。
父は、馬を育てる傍ら、真に武芸を叩き込んだ。
菊地家は、武門の家系だ。父は、ことあるごとにそう言った。
昔の話である。曽祖父の世代までは、涼州の牧に仕えていたらしいが、涼州の情勢も変わりに変わった。
かつての武門、菊地家は既になく、今は牧場屋の菊地家である。
それが、悔しい。酔った父が、一度だけ言ったことがあった。
父は、自分を軍人として涼州の牧に仕えさせる気だ。子供心ながら、それはすぐにわかった。
父のつける稽古は厳しく、槍術、剣術に飽き足らず、馬術、弓術、さらには体術までと、様々な稽古に及んだ。
軍学を学ばせるために、学問所にも通わされた。文学などは退屈だったが、用兵術などは学んでいて面白かった。
父の教育が辛いとは思わなかった。元々体を動かすことは好きだったのだ。、
幸い、天稟には恵まれていたようで、槍の腕前で自分に勝てる男はそうそうおらず、軍人になるのも一つの道なのだろうと思った。
しかし、将来を父に決め付けられるのは、たまらなく嫌だった。どうせなら、仕える相手は自分で選びたかったのだ。
仕え先を勝手に決める父と、それに反発する自分。父との確執は、日を追う毎に深まっていった。
そして、決裂した。二年前のことである。
父と激しい口論を交わし、半ば飛び出すように家を出た。
着の身着のままだったのでどうしようかと途方に暮れていたが、後から母が追ってきて、旅支度の整った荷物を渡してきた。
いつか、こうなると思っていたから、と、優しい笑みを浮かべながら母は言った。
ひどく驚いた。母は、いつも心配そうに、自分と父を見比べていただけだった。そんな母が、実は全てを見通していた。なぜか、恥ずかしい気持ちになったことを覚えている。
最後に母が、いつでも帰っておいで、とだけ言った。
鼻腔の奥に軽い痺れを感じ、慌てて母に背を向けた。泣きはしまいと思ったが、その日の夜は、一度だけ涙が流れた。
それから約二年間旅を続け、春香と出会い、彼女に仕えることになった。
後悔はしていない。春香のことは好きだし、何より天海軍は居心地が良かった。
天海軍は、春香を慕って集った兵が多く、徴兵されて嫌々戦っている軍にはない、温かみのようなものがあるのだ。
仕えるべくして仕えた相手だ。真は、春香のことをそう思っていた。
雲南の表通りから、すこし外れた屋敷。そこが、祝融の家だった。
ここまで来たのだ。覚悟を決めよう。真は深く深呼吸して、家の扉を叩いた。
「すいませーん、祝融さんいますかー?」
一間置いて、家の中から物音がした。祝融は、中にいるようだ。
扉が開いた。中から出てきたのは、やはり祝融だ。
「あんたは」
「ど、どうも」
おっかなびっくり、挨拶をする。祝融は、真を見て眼を丸くしていた。
思った以上に、自分が緊張していることに気が付いた。案外、自分は小心なのかもしれない。
「……入りな」
しばらく真を見ていた祝融が、家の中に入るよう、真を促した。
「え、えっと、お邪魔します」
家の中に入ると、まず独特な香りに気が付いた。これは、薬草の匂いだろうか。
「悪いね、今ちょうど薬を調合していたんだ。ちょっと、臭うだろう」
「ううん。ボク、この匂い結構好きだから」
「へえ? 若いのに変わってるね。とりあえず、そこらへんに座っとくれ」
しばらくして、祝融が白湯の入った杯を持ってきた。
汗をかいて、すこし喉が渇いていたので、ありがたかった。杯の中の白湯を啜り、一息つく。
「悪いね、豪勢に茶でも振舞いたかったんだけど、ここにそんな気の利いたものなくてね」
「そんなことないよ、ありがとう」
茶は、高級品だった。政庁にはいくつかあるが、それらは全て外交に訪れた使者に振舞われるのであって、春香ですら常飲しているのは専ら白湯である。
「で、用件ってのはなんだい? まあ、察しはつくけどね。言ってごらん」
急な切り出しに、真はうろたえた。
まずい。ここに来るまでに、結局適当な誘い文句が思い浮かばなかった。
どうする。どうすればいい。発するべき言葉を見失った口が、半開きになって開閉を繰り返す。
「あ、あの! ボク達の仲間になりませんか!?」
言ってから、我に返る。何を言っているのだ。そのまますぎるではないか。
自分の短絡思考が、ほとほと嫌になった。後悔に頭を抱えていると、突然頭上から、忍び笑いが聞こえてきた。
顔を上げると、そこには腹を抱えて爆笑している祝融の姿があった。
「え? あれ? えっと?」
わけがわからず目を泳がせていると、息も絶え絶えといった様子で祝融が口を開いた。
「ああ、すまないねえ。あんまりにも……くくっ、直情すぎてね」
みるみる内に、顔が熱く火照っていくのを感じた。
やはり、自分に交渉事は向いていない。真は、恥ずかしさのあまりに項垂れた。
「ああ、笑った笑った」
ひとしきり笑い終えた祝融は、ようやく姿勢を正して、真を見やった。その表情には、薄く笑みが浮かんでいる。
「真……っていったっけ? あんた、強いよね」
「え? えっと」
「覚えてるかい? あたいとやった、一騎打ちのことを」
忘れるはずがない。あれほどの激闘、これまでの人生の中でも経験した覚えがなかった。
祝融に勝った時のことは、よく覚えていない。
死すれすれまで追い込まれ、もう駄目だと思った後の記憶が曖昧なのだ。
部下達の話では、最後の一撃が自分に迫るその刹那、真が鬼気迫る猛反撃を繰り返し、祝融がそれに敗れたらしい。
まるで覚えていなかった。あの時は、目の前が暗くなり、気が遠くなって、もう楽になりたいと思った。いっそのこと、死んだ方が楽だろうとも思った。
そして、気が付いたら、祝融が地に伏していた。頭が混乱した。なぜ、自分が生きているのか、不思議で仕方なかった。
その後も大変だった。祝融との戦いでついた傷口が熱をもって、一週間は寝床でうなされたのだ。
それでも、二人とも生きていた。これは、奇跡ではないのだろうか。
祝融さん、凄く強くて」
「よしな、祝融さんだなんて。むず痒くなっちまう。祝融でいいよ。あたいも、真って呼ぶ」
「そ、そっか。じゃあ……祝融
「ふふ」
祝融が、柔和な笑みを浮かべた。優しい顔だと思った。なぜか、故郷の母を思い出した。
「あたいも、長いこと剣を振り回して生きてきた。剣を交えれば、その相手のことは、大体解る。あんたは、いい奴だ」
「そんな」
「そんなこと、あるさ。真が一騎打ちを仕掛けてくれて、あたいの部下は救われた。負けたけどね」
ちょっと遠い目をして、祝融は呟いた。
その気持ちは、よくわかった。あの時祝融の軍は、自分達の軍に囲まれ死地にいた。あのまま戦っていれば、祝融の兵は、ほぼ全員死んでいただろう。
もし、自分の軍が逆の立場だったら。そう思うと、いてもたってもいられなくなった。気が付いたら、名乗りを上げて、勝負を挑んでいたのだ。
「真のおかげで、部下がほとんど死なずに済んだ。これ以上のことはない。戦をすれば、どうしたって人は死ぬ。でも、あたいを信じて付いて来る部下達が死ぬのは、やっぱりたまんないよ」
祝融
やはり、優しい人だ。威勢の良い風情で誤解しそうになるが、とても母性の強い人だと思えた。
この人と、友達になりたい。真は、そう思った。
「あたいは、あんたに感謝してる。そういう相手となら、肩を並べて戦える」
「えっ、それじゃあ!」
「あー、んー、でもねえ」
祝融は、言葉を濁し、渋面を浮かべた。
「そっちに、あいついるだろう? うちの馬鹿亭主」
「ああ、孟獲。そういえば孟獲って、最近ずっと政庁にいるんだけど、こっちには帰ってきてないの?」
「追い出したからね。あれから口も聞いてない」
「あー、それは」
道理で、最近の孟獲は元気がないと思った。春香の前では気丈に振舞っているが、時折窓の外をぼんやりと眺めている姿を見かけるのだ。
「前から能天気なのは知っていたけど、あそこまで考えなしだったとはね」
孟獲の部下達は、ほぼ天海軍への帰順を断っていた。
誰もが、あの春香でさえ、孟獲も誘いを断ると思っていた。
しかし、孟獲はあっさりとこちらの誘いに乗ってきたのだ。あの時の、唖然とした南蛮の将達の表情は、当分忘れられそうにない。
「悪いけどさ、この話は、断らせてもらうよ。あたいにも、意地ってものがある」
「……うん、残念だけど、仕方ないね」
説得は、無理そうだった。しかし、この登用は真に任せられた仕事である。そう易々と諦めることも出来ない。
とりあえず、今は出直した方がよさそうだ。
帰路につこうと、真は腰を浮かしかけた。その時、祝融の傍らにあった小刀に気がついた。
「ねえ祝融、それは?」
「ああ、これかい?」
真が指差した小刀を拾い上げると、指にはさんで、機用に手の中でまわし始めた。
形状は、小刀というより、錐に近いかもしれない。先端が異常に細く、刃に比べ柄が太い。
「飛刀って知ってるかい? それの一種さ」
そう言って祝融が、持っている飛刀を、横の柱に投げつけた。小気味良い音をたて、刀が柱に突き刺さる。
「まだまだ」
祝融は二刀目の飛刀を取り出すと、おもむろに同じ場所へ投げつけた。すると、一投目の剣の柄尻に突き刺さる。
「もう一丁!」
三投目。放たれた飛刀は風を切り裂き、なんと、二投目に投げた刀の柄尻に突き刺さった。
危なげに揺れた三つの刀は、形を崩すことなく、連なりあったままである。
「凄い!」
「ははは、まあ、あんたとの勝負の時は、使う暇がなかったけどね」
祝融は、柱から飛刀を抜いて、腰の小さな鞘に収めた。
「これは、目を潰す為の型だけど、鉈の型を使えば、腕を一本斬り落とすぐらい訳はないよ」
あの一騎打ちで、開幕にこれを使われたら避けきれたかだろうか。微妙なところだろう。
「投擲の技は、旦那にも教えたんだけどね。あいつ、不器用でさ。何度やっても上手くいかなかったよ。生まれつきの力馬鹿なんだろうね。細かい作業が大の苦手みたいでさ」
孟獲の話をしだすと、祝融の顔つきが優しくなった。
今は喧嘩をしているが、普段はきっと仲の良い二人なのだろう。なんとか、仲直りできないだろうか。
真は、孟獲が好きだし、祝融も好きになった。この二人がいがみ合っているのは、見ていて悲しくなる。
それからしばらく祝融と話をした。南蛮の土地のことや、美味しい料理、武術や武器のことなど、色々な話だった。
気が付けば、薄靄のような雲がかかった雲南の空は、燃えるような赤味がかかっていた。夕暮れである。
少し、長居しすぎたかもしれない。今日は、もう帰るとしよう。
祝融、今日はもう帰るよ」
「そうかい。すまないね、わざわざ足を運んできてくれたってのに、断っちまって」
「いいんだよ。気にしないで」
「よかったら、また遊びにおいで。次に来た時は、美味しいご飯をご馳走するよ」
「へへっ、やりいっ! 楽しみにしてるよ!」
手を振り、祝融の家を後にする。
真を見送る祝融は、その姿が見えなくなるまで、ずっと笑顔で小さく手を振っていた。
帰路についてる最中、今日一日のことを思い返した。
ここに来る途中に感じていた陰鬱な気持ちは、綺麗に無くなっていた。今では、なぜあれほど悩んでいたのか、馬鹿らしく思えるほどだ。
祝融と友達になれた。それだけで、十分な気もした。
しかし、任務は任務だ。自分には、祝融の登用を果たすべき責任がある。
だが、祝融の意思は堅そうだった。一度、春香に相談するべきだろうか。
つらつらとそんなことを考えながら、真は家に帰った。


翌日、真は春香の部屋に訪れていた。祝融のことを相談するためだ。
「春香、ちょっといい?」
部屋に入ると、大量の竹簡に囲まれた春香が顔を上げた。
相変わらず、春香の政務室は凄まじい。一日放っておけば、おそらく部屋が埋もれてしまいかねない量の竹簡がここには届く。
そんな殺人的な量の政務を淡々とこなしている春香は、真から見れば超人と例える他ない。
雪歩も呂凱も、ほぼ同じ量の仕事をこなしているという。この光景を見るたびに、自分は文官になれないと心底思える。
「どうしたの? 真」
「あ……えっと、今忙しいかな? いや、忙しいよね」
「構わないわ。すこし、休憩しようと思っていたところだから」
春香は、居住いをちょっと崩すと、近くにあった杯に白湯を注ぎ、真に差し出した。
「それで、用件は相談事かしら」
「あ、バレバレ?」
「貴女は、顔に出るものね」
やはり、そうらしい。賭け事には絶望的に向いていないと、呂凱に言われたことがある。
祝融の登用のことなんだけど。説得は、ちょっと難しそうなんだ。孟獲が天海軍にいるのが気に食わないらしくて」
「なるほど」
孟獲も、深く考えずにこっちに来たんだろうけど。弱ったなあ」
「さて……それはどうかしら」
「え?」
疑問の声を上げた時、部屋の扉が叩かれた。
「入りなさい」
「閣下、政務中恐れ入ります」
春香の声と共に、兵が部屋に入ってきた。
呂凱殿と雪歩殿より、いくつかの案件について至急ご承諾いただきたいとのことです。宜しいでしょうか」
「構いません」
「はっ! よし、積み込め」
兵の掛け声とともに、背後からわらわらと竹簡を抱えた兵が殺到する。
次から次へと竹簡は積み込まれ、ついには真の背丈を優に越えるほどの小山となった。
春香が、真を横目で見ながら苦笑する。
祝融については、貴女に任せます。そうね、一度孟獲と話してみなさい。何か、光明が掴めるかもね」
「う、うん。わかった」
数人の兵が竹簡を開き、春香がその処理にかかりだした。その様子に圧倒されつつ、真は部屋を退室した。
自分は、太守にもなれそうにない。今日ほど、そう思ったことはなかった。



2.


兵は、短いながらも休暇を終え、その顔つきには精気が満ち満ちていた。
調練である。調練場には、真を含む天海軍の将たちが、怒号をあげながら兵を鍛えていた。
兵の調練は、まず走らせることから始まる。戦場では、体力が尽きた者から順に死んでいくからだ。
最低でも、丸一日駆け続けられるようでなければ、戦場に出すことはできない。
以前は、その調練も真が担当していたが、今は元孟獲軍の将たちがその役をやってくれている。なので、真は兵の実戦訓練に集中できた。
歩兵の調練である。兵は、一隊を二組に分け、砂の入った袋が先端についた訓練用の槍で戦わせる。
平原を見立てた訓練場はもちろん、城外の山岳地帯、隘路、森林、川辺など、様々な状況下でも調練する。
弓手も、同様である。歩兵と弓兵にわけてぶつかり合わせたり、連携の調練もさせる。
本当は、対騎馬の訓練もしたかった。しかし、馬が揃わないのだ。南蛮には牧場の数が少なく、やっと買い付けても駄馬が多かった。駄馬では、訓練にならない。鍛え上げられた良質の軍馬とは、まるで別物だからだ。
わずかに集まった良馬は、全て春香の旗本に回す。指揮官用の馬は、その余りを使うのだ。歩兵を率いるので、名馬を使う必要はない。
良い馬を多く買うなら、この付近なら涼州が一番だろう。しかし買い付けに行こうにも、間には成都の劉焉軍や、漢中の張魯軍があった。そう易々と買い付けには行けない。
しかし、悠長なことも言っていられなかった。もしも次の戦で、敵が大量の騎馬隊を投入してきたら、対騎馬の訓練経験がないこちらの軍は、成す術もなく総崩れになるだろう。
それに、今後主戦場が東へ移るにつれ、原野での戦いも増えてくる。そうなれば、騎馬隊の機動力はどうしても必要になる。
とにかく、騎馬隊の編成は急がなければならなかった。もう一度、雪歩のところへせがみに行ったほうがいいかもしれない。
午前の城外調練を追え、真の隊は雲南に戻ってきた。ちょうど同じ時に、弓兵を調練していた孟獲の隊も戻ってきた。
ちょうどよかった。孟獲とは、話をしたいと思っていたところだ。
真は、孟獲を探した。
孟獲は、すぐに見つかった。彼は、いつも若い将校や兵卒達に囲まれて賑やかなので、見つけやすいのだ。
孟獲、ちょっといいかな?」
「おう、真か。どうした」
楽しそうに雑談をしていた孟獲が、こちらを向いた。一見元気そうに見えるが、やはりどこか覇気にかけている気がする。
「ちょっと、祝融のことで相談したいんだけど」
「うっ」
頬をひくりと痙攣させ、孟獲が呻いた。
「ついでだし、ご飯でも一緒にどうかな? ちょうど昼食の時間だし、そこで話すよ」
「わかった。それなら、旨い飯屋を知っている。そこで食おう」
二人立って、街に出た。
孟獲が案内した飯屋は、街の裏通りにある、こじんまりとした目立たない店だった。
中に入ると、人の良さそうな店主が出てくる。適当に注文を済ませ、一息入れる。
「こんな場所、知らなかったよ」
「そうだろう。まあ、この街は俺の庭みたいなもんだ。案内なら任せろよ」
そう言って、孟獲は白い歯を覗かせて笑った。まるで、子供のような笑顔だと、真は思った。孟獲が将校や兵に好かれるのは、たぶんこういう点なのだろう。
しばらくして、料理が届いた。
真は、豚肉と野菜を煮込んだものを頼んだ。孟獲は、豚の香草焼きと、焼き饅頭である。
料理は、予想以上に旨かった。肉の煮汁が野菜によく染み込み、噛み締めるたびに、なんともいえない旨味が口の中に広がる。汁も山椒を加えているのか、後口が良い。
孟獲が食べている料理も旨そうだ。これは、いい場所を知った。今度、また訪れることにしよう。
夢中で料理を食べていると、孟獲が杯を傾けていることに気がついた。
「あっ、お酒飲んでる!」
「こんな量、水と変わんねえよ。お前も一杯どうだ?」
「やだよ。午後の調練もあるんだから」
「なんだ、つれねえな」
舐めるように酒を飲みながら、上機嫌で孟獲は言った。本当に酒が好きな男である。
料理もあらかた食べ終え、食後の白湯を啜っていると、孟獲が覗き見るようにこちらを見た。
「な、なあ真。母ちゃんどんな様子だった?」
「ちょっと、怒ってた。祝融が登用を断ったのに、孟獲が受けちゃったのはまずかったんじゃないかな」
「ああ、やっぱり。どうしよう」
目に見えて、孟獲は狼狽しだした。やはり、あれから一度も祝融に会っていなかったのだろう。
「ねえ、孟獲。ちょっと聞きたいんだけど、どうして天海軍に入ったの? 孟獲の部下達は、ほとんど断ってたのに」
「ん? そりゃあ、こっちの軍も楽しそうだったからなあ。根城落とされて、行く当てもなかったし」
「……ええと」
あまりに安直すぎて、言葉に困った。確かに、これは祝融が怒るのも無理はないだろう。
どうしたものだろうか。思案していると、急に、孟獲が神妙な顔つきになった。
「それに俺達は、この国では好かれていないからな」
孟獲は、空になった杯を手の中で転がしながらそう言った。
その表情には、憤怒や悲哀ともつかない、なんとも形容し難い寂寥感が漂っている。
「士燮や劉焉の使者と会ったことも何回かあるけどな。同じ異民族を抱えている士燮はともかく、劉焉の使者は、俺達が南人ってだけで、獣を見るような目をしやがった。会う漢人は、皆そうだ。俺達南人は、人間扱いされてねえのさ。そりゃ、俺達は小難しいことが苦手だ。漢人達に比べれば、乱暴な奴が多い。それでも、馬鹿にされりゃ悔しいし、考えて話もする。生きている人間なんだぜ」
怒りを露わにし、孟獲を両拳を握り締めた。
「俺達が何かをするたびに、決まって連中は言うんだ。所詮蛮族か、ってな。漢人の血には敵わないだと? 笑わせるぜ。俺の体にゃ、連中の言う漢人の血も入ってるってのによ」
「え?」
咄嗟に言われ、真は反応できずにいた。
そんな真の様子を見て、孟獲は困ったように笑った。
「俺の母親はな、漢人なんだ。親父の方が、南人だ。混血なんだよ」
孟獲は、自身の胸を強く叩き、誇るようにそう言った。
「血なんか、関係ねえのさ。俺は、親父もお袋も好きだった。だから、南人ってだけで見下されるのは、我慢ならねえ」
孟獲……」
「閣下が俺らを仲間に誘ったときは、嬉しかったなあ。初めて、この国に生きる南人として、認められたような気がした。初めてだったんだ、そんなことは」
懐かしむように眼を細め、孟獲は染み入るようにそう言った。
「俺は、南蛮族の大王よ。行き場所を失った南人達の、新しく生きる場所を用意する義務がある。中華は強い。今は乱世で力が散らばっているが、これが一つにまとまったら、とても南人の勢力じゃ太刀打ちできねえ。それは、この国に来てよくわかった。なら、やることは一つだ。中華に生きる南人として、南人の確固たる地位を築く。それが、南蛮族の大王としての、俺の最後の仕事だ」
そう言った孟獲の瞳は、力強く輝いてた。真は言葉を失い、ただ孟獲の話に耳を傾けている。
そんな真を見て、孟獲はふいに照れくさそうに笑みを浮かべた。
「ここはよ、居心地がいいぜ。どいつもこいつも、変わり者ばっかりだ。俺達が南人だからって、変な目で見る奴はすくねえ。だからよ、決めたぜ。俺は、この場所で生きて、閣下に最後まで付いて行くってな。あの人なら、南人にとって平等な世界をつくってくれる気がするぜ」
孟獲の話を聞いて、真は急に自分が情けない人間のように思えてきた。
人種による平等、不平等など、考えたこともなかったのだ。孟獲たち南人が、漢人に対して抱いている想いなど、想像もしなかった。
なんて、浅ましい人間だ。真は、己を深く叱咤した。
孟獲、ごめん。ボク、もっと軽く考えてた。勝手に決め付けてて、本当にごめん」
「いいってことよ! そういう風に謝ってくれる奴がいるってだけで、俺は自分が間違ってなかったと信じられるんだ」
そう言って、孟獲が高らかに笑った。その笑顔に、真は救われたような気がした。
南蛮族は、孟獲が大王となるまで、多数の部族に別れて争いあっていたという。孟獲が大王となったのは、孟獲を含むそれぞれの部族の長達が話し合って決めたことらしい。
なぜ、孟獲が大王として選ばれ、皆がそれに従ったのか。真は、その理由がわかった気がした。
「……ボク、祝融孟獲が仲直りできるように、手伝うよ!」
孟獲は、考えなしに天海軍に加わったわけではない。祝融なら、きっとわかってくれるはずだ。この二人が仲違いをしているのは、どう考えても間違っている。
「お、おお。そりゃありがてえけどよ、正味なところ、どうすりゃいいのか検討つかねえんだ。母ちゃん怒らせたことは前にもあったが、会ってもらえないってのは初めてだからよ」
まずは、会ってもらえる状態まで持っていかなければならないということだ。二人がちゃんと話し合えさえすれば、きっと分かり合える。真は、そう確信していた。
では、会えるようになるには、どうすればいいのか。
「やっぱり、誠意を見せるのが一番だと思う。贈り物とかどうかな。心のこもったやつを」
「なるほど。誠意、誠意か。よし、ここは一丁旨い豚の丸焼きでもこさえて……」
「わあっ、待った! 女性に対して、それはないよ」
その贈り物が逆効果だということぐらい、自分でも理解できた。もしも自分が、恋人や夫からそんな贈り物を受けたら、まず間違いなく激怒する。
「でも、豚の丸焼きは母ちゃんの好物だぜ? 俺も好きだけどよ」
「好物と、仲直りの贈り物は全然違うよ。まして、女の人が相手なんだからさ」
「そ、そうか。じゃあ、何を贈ったらいいんだろう」
縮こまった様子で孟獲が言った。まるで、迷い犬にでもなったような、不安気な顔だ。話すのに見上げる必要があるほどの巨躯の孟獲が、まるで二周りほど小さくなって見えた。
しかし、どうしたものだろうか。男性が女性に対して贈る物など、検討がつかない。そもそも、自分も男の人から贈り物など受け取ったことがないのだ。
女の人から何度か贈り物を受け取ったことはあるが、これは参考にならないと信じたい。
「んー、そうだなあ。花とかどうかな? ……安易かな」
「花か! いいな、それ。よし、礼を言うぜ真!」
ぱっと顔を輝かせ、孟獲は鼻息荒く走り去っていった。
「あっ、ちょっと! ……行っちゃった」
興奮した孟獲の表情を思い浮かべ、一抹の不安を抱いた。自分の言いたいことが、ちゃんと伝わっているといいのだが。
そういえば、そろそろ午後の調練の時間である。真も続いて店を出ようとした。
「……あ、ご飯代」
孟獲の支払いを自分が持つことに気が付いたのは、その直後のことだった。



3.


孟獲と話をしてから、一週間が過ぎた。
雪歩を急かしたおかげか、質の良い軍馬が多数入ってきたので、ようやく騎馬隊の目処もたってきた。兵の調練は、今以上に忙しくなるだろう。
気がかりなことは、孟獲祝融のことだった。あれから、何度か祝融の家に足を運んだが、結果は芳しくないものだった。
相変わらず孟獲と会う気はないようだし、その孟獲はというと、調練が終わればふらりと何処かへ姿を消すようになった。
贈り物の花を用意しているのだろうか。それにしては、時間がかかりすぎている。
「おーい、真ー!」
そんなことを考えていると、背後から真を呼ぶ声がした。
孟獲である。包みを抱えた孟獲が、手を振りながらこちらへ近づいてきた。
「真、今日も母ちゃんのところに行くのか?」
「うん、行くけど」
あれから、二日に一度は祝融の家に顔を出していた。登用の件もあるが、彼女と話しているのは、純粋に楽しかった。
「なあ、真。頼みがあるんだが、家に行くなら、これを持って行ってくれねえか?」
孟獲は、抱えていた包みを真に手渡した。包みは軽く、片手でも十分に持てる大きさだった。
「これって、ひょっとして」
「お、おう。その、贈り物だ。頼んでいいか?」
気恥ずかしそうに、孟獲がそっぽを向いた。やっと、仲直りできそうだ。それがわかって、真は嬉しくなった。
「へへっ、任せてっ! 何か祝融に伝えることとかある?」
「そうだな、じゃあ……いや、やっぱりいい。それだけ渡してくれ」
「わかった。仲直り、出来るといいね」
孟獲は、白い歯を見せてにかりと笑った。
真は、調練が終わったその足で祝融の家に向かった。
「こんにちはー、祝融いる?」
家の前で声をかけると、すぐに祝融が中から出てきた。
「来たね、真。ちょうど良かった、今、夕飯の準備してたんだ。今日は、うちで飯食っていかないかい?」
「ごめん、今夜は夜間調練があるから、すぐに戻らないといけないんだ」
「そうかい? 残念だね」
部屋に上がり、もはや定位置となった席に腰を降ろす。室内は、なんとも香ばしい香りで満たされていた。夕食をご馳走になれないことが、急激に惜しくなってくる。
「ねえ、祝融。今日は、祝融に持ってきたものがあるんだ」
「その包みかい?」
「当たり。これ、孟獲から」
「え?」
虚を突かれたように呆ける祝融に、包みをしっかりと手渡し、真は微笑んだ。
祝融は、包みと真を交互に見て、困ったような顔をした。
そのまま待っていると、仕方ないといった様子で、祝融はのろのろと包みを解いた。
「あっ」
包みの中から出てきた物を見て、真は思わず声をあげた。
花だ。それも、ただの花ではない。花弁は所々欠け、葉はよれよれに捩れ、茎は歪にゆがんだ、なんとも見栄えの悪い花だ。
しかし、真が驚いたのはそこではない。それが、絹でつくられた造花だということだった。
十輪以上はあるだろうか。いずれも形が整っていないものであったが、それは間違いなく手作りの花であり、懸命に作った努力の跡が、確かに見て取れた。
祝融は、放心したように造花の束を見つめている。
祝融
「えっ、あ」
真が声をかけると、祝融は弾かれたように顔をあげた。そして、真の顔を見るなり、慌てて一歩後ずさった。
「その……ったく。不恰好な花だねえ。慣れないことしちゃってさ、不器用なくせに」
そう言った祝融の顔は赤らみ、隠し様もないほどに口元が緩んでいた。
ああ、もう大丈夫だ。祝融の様子を見て、真はそう思った。あとは、二人の問題である。
「ねえ祝融。春香には、祝融の登用を命じられたんだけど、もういいんだ。祝融の自由にしてほしい。でもさ」
もう一度、真は造花を見た。これに勝る花束など、他のどこにもないだろう。この世でたった一つの花束だ。
「でも、孟獲とは一緒にいてほしいな」
「真……」
「今日は、もう帰るね。次に来るときは、ただ遊びに来るだけだから」
玄関の扉に手をかける。
やるべきことは、全てやった。これで駄目なら、後は自分が春香に謝るだけだ。
「なあ、真」
そう思っていると、不意に祝融が声をかけた。振り向くと、しっかり花束を抱いている祝融がこちらを見据えていた。
「兵の調練は、何時ごろからしてるんだい」
「朝の六時からだけど」
「そうか。じゃあ、その時間帯に出ればいいんだね。ちゃんと、話を伝えといてくれよ」
祝融!」
「加わるよ、あんたの軍に。一度、閣下にもお目通りしないとね」
恥ずかしげに、祝融はそう言った。頭の芯に響くような喜びが湧き上がる。
「へへっ、やりぃ! じゃあ、早速春香に伝えてくるよ!」
「あっ、それと、さ」
「うん?」
再び祝融は真を呼びつけたが、その言葉は続かず、困ったように黙り込んだ。
祝融は、しばらく宙に視線をさ迷わせ、意を決したように口を開いた。
「その、なんだい……あの馬鹿にさ、飯作ってるから、さっさと帰って来いって、伝えといてくれないかい?」
その言葉に、驚きはしなかった。当然のように、真の心を和らげただけだ。
「へへっ。うん、いいよ」
「なに笑ってんだい、変な子だね」
呆れたように呟く祝融を尻目に、真は駆け出した。早く、孟獲と春香に報告したかった。
「やるじゃん、孟獲
駆けながら、真は一人呟いた。
花は花でも、手作りの造花を用意するとは思わなかった。鈍感な人だと思っていたが、それも考えなおしたほうがよさそうだ。
人は、深く関わらなければ、見えてこない本質が多くある。それが、ここ最近の出来事でよくわかった。今日の日を、この先忘れることはないだろう。
真は、祝融の嬉しそうな顔を思い出した。
いつか自分にも、あんな表情をさせてくれる男の人が現れるのだろうか。
ちょっと考え、候補となる男性の存在がまったくいないことに気づき、真はがくりと肩を落とした。







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